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November 28, 2006

ルシファーズ・ハンマー

■ルシファーズ・ハンマー(=魔王のトンカチ?・笑)[SR]ネタではありません。
その名前は有名でも、日本では非常に情報量が少ないレーシングマシーン。
ちょっと私の知る範囲をまとめてみましたが、とは言えその情報も何処まで本当なのか怪しいものなのでご注意下さい。
※訂正箇所、追加情報などありましたら宜しくお願いいたします。
 
(続き)
昔はグランプリやマン島TTをはじめ、レース・シーンにもその名を轟かせたハーレー・ダビッドソンですが、後の日本メーカーの台頭により次第に勝てなくなりました。
これはハーレー・ダビッドソンに限った話ではなく、4サイクル2気筒エンジンを得意とする多くのヨーロッパメーカーも同じ状況。
そこで、2気筒エンジンに限定したレギュレーションで闘うロードレースはどうか?という話が生まれたのは必然的な成り行きだったかも知れません(しかしハーレー・ダビッドソン社の政治的な云々も・・・)。
これがアメリカで生まれたBOTT、バトル・オブ・ツイン(Battle Of The Twin)という奴で、レースの主役は実質的にハーレー・ダビッドソンとドカティの一騎打ち。
その盛り上がりから、車輌販売に結びつくようにと考えたのか、それともよりたくさんのコンストラクターが参加出来るように配慮したのか、理由は知りませんが1983年よりレギュレーション変更で市販車(ナンバーが付くバイク)ベースのエンジンのみ参加出来るようになります。
ハーレー・ダビッドソンがBOTTで闘うには、純レーサーXR750をベースにしたXR-TTでは無理、と言う事態です。

そこでBOTTのホモロゲ獲得のために登場したのがご存じXR1000。
レーサーのベース車輌を必要数だけ公道モデルとして販売する、というやり口は既にこの頃からあったわけです!!
この話を聞くとホンダのRC30とかヤマハのOW-01を思い出す人が多いと思いますが、やってる事は同じなんですね。
ちなみにXR1000ですが、大雑把に言うとXR750のヘッドおよび腰下に、アイアン・スポーツスターのシリンダーを組み合わせたエンジンを、スポーツスター系の車体に積んだ構成。
マシーンを一見すると、ダートトラックレーサーXR750のロード・ゴーイング・バージョンの装いとなっていますが、その生い立ちはあくまでターマック(舗装路)を主眼に開発されたスペシャル・モデル(レーサーレプリカ?)だったと言う事です。

さてこの【市販車XR1000ベース】のエンジン(回りくどいやり方・笑)を、かつてのレーサーKR用をベースに、各部補強を施したダブルクレードル・タイプのフレームへ搭載したのが『ルシファーズ・ハンマー』の定義のようです。
ルシファーズ・ハンマー[I]初期の車体に更について付け加えると
・スイングアームは角断面のオリジナル
・カンパニヨーロのマグネシウム・ホイール〜フロント16インチ/リア18インチにグッドイヤーのレーシングスリック
・フロント・フォークはフォルセラ40mm、リアサスペンションはFOXのガスショック
・ブレンボのキャリパーとフロント300mmフローティングx2、リア250mmディスク
XR1000ベースでツインプラグ化されたエンジンは当初106ps/7,500rpmをマークしていたものの、扱いやすさと耐久性を重視してピークパワーを104ps/7,000rpmに抑え、4,000rpmからパワーバンドとして使えるようにチューニング。
ちなみにオクタン価110のガソリンを用いる、俗に言う“アブガス仕様”です。
変速機は4速のまま。総排気量998cc。
キャブレターはXR1000に採用されていたデロルトではなく、レースではミクニのスムースボアを使用していた模様。
・乾燥重量:130kg ・トップスピード:158mph(254km/h)

ルシファーとしてXR750-TTやKR-TTの写真が掲載されている事も多いですが、実は別のものなんですね。
またHOGのマシーンがルシファーとする説はある意味正しいのですが、厳密に言うと・・・・
1983年の初期ルシファーズ・ハンマーはディック・オブライエンを中心にしたハーレー本社が走らせた為、例のオレンジx黒x白のカラーリングで、“スプリンガー”ことジェイ・スプリングスティーンのライディングにて見事タイトル獲得。
翌84年からHOG(Harley Owner's Group)がワークスマシーンのメインスポンサーになり、以後HOGのベージュ系カラーで走ったという事です。
ちなみに1984〜85年の連続でジーン・チャーチがチャンピオンを獲得しています。

そう、日本にはデイトナ・ウイークの事ぐらいしか情報が来ないアメリカ国内レースですが、アメリカ人エディ・ローソンやフレディ・スペンサーが日本車に乗って世界で活躍していた時代、実は米国BOTTにおいてハーレー・ダビッドソンのルシファーズ・ハンマーは3年連続でタイトル獲得していたのです!!



関連エントリー
●ルシファーズ・ハンマー II (November 30, 2006)

  *悪魔のハンマー (November 28, 2006)
  *ビューエルXBRR (March 08, 2006)
Posted by xl1200 at 12:56│Comments(10)
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この記事へのコメント
【ルシファーズ・ハンマー-II】についてはいずれまた後ほど。(無いかも)
Posted by Gotaro@管理人 at November 28, 2006 13:22
ルシファーと言えばスーパートラップにスプリングキャップを延長した
ミクニPJ44(スノーモービル用)と腹下に吊るしたオイルタンクが
浮びます。
初期型は確かにXLX改造XRでしたが、後期の物はオイラはどう見ても
XRボアアップ版にしか見えないのですが(笑。

まあ逆襲のドカティーが水冷888を持ち込んで時代は終焉してしまい、
ビューエルフレームの3や一説では4とされたGSXの外装まとったナゾのマシンもありました。

一説では恐妻家のビールズ社長のことをふざけて、母ちゃんのゲンコツって
しゃれだと言う噂もありましたが(笑。

結局1番安定して速かったのが、実はハンマー1って話もありますね。
Posted by ジャイアン at November 28, 2006 22:20
> ジャイアンさん!
う〜〜ん、唸ってしまいました!!さすがです。
母ちゃんのゲンコツ・・・・・これほどピタっとイメージが合う物は無いですね!!
ビールズさん(AMFの人ですよね)の奥さんが“ルーシーさん”とかならもう100パーセントかも(爆)

私はルシファーはリアルタイムではまったく記憶に無く、90年代に入ってデイトナウイークに1型が走った事があったと思うのですが、ライディング・スポーツだったかサイクルサウンズだったかの表紙にアップにされたセピアカラーのレーサーとライダーは実にインパクトがありました(カラー写真である事に気付くまでしばし時間が必要でした)。
あと、その時のルシファーはとんでもない枚数のトラップディスクが装着(多分1気筒に50枚以上は付いてた)でした。
Posted by Gotaro@管理人 at November 28, 2006 23:03
> つづき
当時、レース雑誌はよく目を通したのですが、BOTTでは私はマルコ・ルッキネリのカジバ・ドカティのイメージが強いですね・・・
もうルシファーは勝てなくなっていた頃だと思います。
ハンマー1が速かったのか、その後ドカティのマシーンの進化について行けなかったのか・・・・トドメはVR1000の駄目っぷりでした。

水冷XBRRでもう一発、ゲンコツをお見舞いして欲しいところですw
Posted by Gotaro@管理人 at November 28, 2006 23:10
>ジャイアンさん
 「かあちゃんのゲンコツ」は噂だったのですか!本当だと思っていました(笑)
Posted by てつ at November 28, 2006 23:55
悪魔の鉄槌の民話の話は、アラン カスカートの試乗記の中にでてきますね。
かあちゃんのゲンコツ説はやはりどこかの雑誌で読みましたが、記憶が
定かではありません。

元々AMAの役員は、ハーレー出身が多く、レギュレーションに関しては
昔からえこひいきしてたので、何とも言えませんが(トラやBSAは500
まででしたが、SVのKRは750までとか)VRも国内のホモロゲーション用に50台しか作らなかったので、アメリカ国内しか走れなかったし、これすらAMAの特別措置です。
もっとも同じ土俵にいた、ノーマルGSXのほうが速かったけど(笑。
作られた市販VRのほとんどは皆コレクターの倉庫でしょう。
数台はレーサーとして走りましたが、本社の対応の悪さに2年ほどで
やめてしまいました。



Posted by ジャイアン at November 29, 2006 05:22
gotaroさん感激です!ジーンチャーチとか懐かしい名前ですねところで文中の画像は他にも種類があるんですか?何処で手に入りますか?それから更に…ワタシ去年の暮れに事故っちゃいまして…その時の再治療で入院しています。顔の傷跡をざくざくイジられちゃって結構辛かったす 早くバイク乗りたいです では
Posted by まさ at November 29, 2006 06:38
> ジャイアンさん!
アラン・カスカート氏の名前が妙に懐かしかったりw
日本版のサイクルワールドなどに頻繁に登場してましたね!!
かあちゃんのゲンコツ説・・・・いや、きっとソレですよ、こんなプロジェクトの愛称ですから、表向きのアナウンスは別だとしても何か楽屋オチみたいなウイットが隠されているに違いないです!

アメリカに置けるBOTTはハーレーが勝つ事が大前提で造られたレギュレーションでしたので、もっと露骨にやっても良かったかも知れませんね・・・・カウルを赤くペイントするとペナルティとして50kgのウエイトを積む事、とか!(それでも勝てなかったかも・・・)
VR1000の市販バージョンはレーサーが走ってから市販されるまで1年とかかかってような記憶が・・・どんなレギュレーションやねん!て当時、思いました。
Posted by Gotaro@管理人 at November 29, 2006 21:41
> まささん!
ルシファーは私も知らない事ばかりで、エリック氏が絡んだ−IIぐらいまではまだ希に情報がありますが、その後の行方は不明です。
ワークスのワンオフみたいなバイクだったから、仕方ないのでしょうね。
デジカメとかネットとか無い時代の話だし。

画像は滅多に出てきませんねぇ・・・オレンジのXRTT系はまだ見かけますが、ベージュのは皆無です。
文中の画像は向こうのハーレー系掲示板とかから拾ったと思いますが、何処だったかは覚えていません。スコット・パーカーとかジェイ・スプリンガーをググッた時に見つけたと思います(たぶん)。

事故の再治療、入院ですか〜!病院って毎日が退屈しますよねぇ。。。
早く回復すると良いですね!!

ナースの園がちょっとウラヤマシイ(爆)
Posted by Gotaro@管理人 at November 29, 2006 21:49
\(^o^)/
Posted by ゼファー1100 at October 27, 2018 15:22
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